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東京高等裁判所 昭和25年(う)5017号 判決

控訴人 被告人 葭原義造 外三名

弁護人 北川省三 外一名

検察官 渡辺要関与

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人北川省三(被告人等四名の)及び同川島英晃(被告人渡辺について)各作成名義の控訴趣意書と題する書面のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

北川弁護人控訴趣意第一点の(一)

原判決が検察事務官猪又保夫作成の岸田収及び被告人等に対する各供述調書を証拠に引用したことは所論のとおりである。以下項をわけて検討する。

その(イ)について。

原審第四、五回公判調書の記載によれば、岸田収及び被告人等に対する検察官事務取扱検察事務官猪又保夫作成名義の供述調書を原審は右各調書は高田区検察庁検察官事務取扱の資格を有するものが作成したものとは認めず、検察事務官が作成したものと認め、刑訴第三百二十一条第一項第三号の書面であると認めていることは所論のとおりである。しかし所論の各供述調書によれば、其の末尾にはいずれも作成者として高田区検察庁検察官事務取扱検察事務官なる肩書の下に猪又保夫と署名押印がしてあり、原審第六回公判調書中証人猪又保夫の供述記載及び原審が証拠として取り調べた「田中彰治関係選挙違反事件捜査のため高田区検察庁検察官事務取扱検察事務官任命の件」と題する書面の記載によれば、猪又保夫は新潟区検察庁検察事務官として勤務中、昭和二十三年二月二十日附で新潟、新津、巻の各区検察庁検察官事務取扱を命ぜられたのであるが、昭和二十四年二月初旬頃上司たる新潟地方検察庁検事正から高田区検察庁に出張を命ぜられ、口頭で同区検察庁の検察官事務取扱として捜査に従事すべき旨命ぜられたことを認めることができるので、昭和二十二年五月一日刑第七〇五〇号検察庁事務章程第十八条(検察庁の長はその庁及び管内下級検察庁の検察事務官に互にその職務を補助させることができる)、及び昭和二十二年五月三日司法省第一〇四六号(大臣訓令)-検察庁法第三十六条の規定により区検察庁勤務の検察事務官にその庁の検察官の事務取扱を命ずる必要がある場合は所轄検事正において司法省の名義をもつてこれを摂行することができる。右摂行はその都度報告を要する。-の規定により右猪又保夫はその頃右検事正から高田区検察庁検察事務官の補助を命ぜられると同時に同庁検察官事務取扱をも命ぜられたものと解するのが相当で、爾後同人はこれに基づき高田区検察庁検察官事務取扱検察事務官として同庁事件の捜査事務に従事していたものと認められ、右各同人作成名義の供述調書は同人が同庁検察官事務取扱の資格においてその権限に基づいて作成したものと認めるのを相当とする。

もつとも右各調書の冐頭には新潟地方検察庁高田支部において被疑者たる被告人等及び参考人岸田収を取り調べた旨の記載は存するがこれは単に取調場所を表示したにすぎないものと解すべく、右記載があるからとて本件が所論のように新潟地方検察庁高田支部の事件であるとすることはできない。又本件が所論のように右高田支部の事件であり、しかもこれを高田区検察庁に移送する手続がなかつたとしても元来本件犯罪は選択刑として罰金の定めがあるから地方検察庁事件であると同時に区検察庁においても事物管轄を有するから(しかればこそ本件被告人のうち葭原、西田の両名については略式命令の請求がなされている。)地方検察庁支部において同一事件について捜査中であると否とに拘らず、区検察庁検察官は同庁事件として独自の権限により捜査をすることはできるのであつて、同人は高田区検察庁検察官事務取扱の資格において適法に本件捜査に従事し、右各供述調書を作成したものと認めるのを相当とする。

従つて右各供述調書はいずれも右猪又保夫が正当な高田区検察庁検察官事務取扱の資格権限に基づいて作成したもので、刑訴第三百二十一条第一項第二号に所謂検察官の面前における供述を録取した書面に該当するものと認むべきものである。しかるに原審がこれを同条第一項第三号の書面であると認めたのは法令の解釈を誤つたか、事実の誤認あるものといわなければならない。しかし右各供述調書は刑訴第三百二十一条第一項第二号の書面としてこれを受理しうるものと解すべきであることは前説明のとおりであるから結局これを受理した原審の措置は正当であつて、原審の右違法は判決に影響を及ぼすものではない。論旨は理由がない。

その(ロ)(ハ)(ニ)について、

原審第三、四、五回公判調書の記載によれば原審証人岸田収は公判廷において刑訴第百四十六条により自己が有罪の判決をうける虞ある事項について証言を拒否したので原審検察官は同人に対する右猪又保夫作成の供述調書を刑訴第三百二十一条第一項第二号に所謂その供述者が公判期日において供述することができないとき又は前の供述と反するか実質的に異つた供述をしたときに該当するものとして証拠調の請求をしたのに対し、弁護人から証拠能力がないものとしてその取り調べに異議があつたので原審はこれを検察事務官作成の供述調書と認めたことは前説明のとおりである。

証人が公判廷において事犯の証明に主要な事項について証言を拒否した場合には刑訴第三百二十一条第一項第三号中の所謂供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判廷で供述することができず且つその供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるときに該当する旨の理由を示して右異議を却下してこれが証拠調を為したものであることは所論のとおりである。しかし刑訴第三百二十一条第一項の趣旨は真実発見という刑事訴訟本来の目的を達するためには被告人や弁護人等の証人に対する反対尋問権も或る程度制限してこれを犠牲にすることも亦やむを得ないとしたためであると解するのが相当で、従つて同項に所謂「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」とはその供述者を証人として公判準備若しくは公判期日に喚問することが不可能であるか又は喚問してもその供述をうることができない場合を指称するものであつて、必ずしも厳格に右列挙の場合だけに制限解釈しなければならないものとは認められない。本件のように供述者が公判期日において刑訴第百四十六条に基づき証言を拒否したためその供述一部が再現不可能となつたような場合も右列挙の場合に準じて証拠能力を有するものと解するのを相当とする。しかも右供述調書の形式内容と、原審第六回公判調書中の証人猪又保夫の供述記載及び同第三、第七回公判調書中の証人岸田収の供述記載とを対比すれば右供述調書はその任意性及び信用性の点において何等欠けるところなく、その供述は特に信用すべき情況の下になされたものと認められる。而して右供述調書が刑訴第三百二十一条第一項第二号に該当する書面で同条第一項第三号所定の書面でないことは前に説明のとおりであるから、右供述調書が同号に所謂「その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき」の要件を具備するか否かに対する判断はこれをする必要がないのであつて、原審が所論のように他に犯罪事実立証の方法皆無なりや否やについて何等取調べず岸田収に対する供述調書を証拠能力のあるものとしたのは結局相当で何等訴訟手続に違反するものではない。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人北川省三の控訴趣意

第一点原審判決は判決に影響を及ぼすこと明かな重要なる訴訟手続に関する法令違反がある

(一)原審判決が証拠として採用した検察事務官猪又保夫作成の各供述調書に付いては左の違法がある

(イ)右供述調書中被告人外の岸田収の分は検察官事務取扱として取調べた旨の記載あり立会検察官は之れを検察官面前の供述を録取した調書だと主張し仍て被告人以外の者に対する此の種供述調書は刑事訴訟法第三二一条一項二号に該るとして提出したが元来同事務官は新潟新津巻区検察庁勤務の検察事務官で同庁検察官事務取扱を命ぜられて居たに過ぎぬもので立会検察官の釈明立証に依るも此等の調書は本件捜査の関係に於て有効に任命受けた検察官事務取扱者が其の権限内に於て作成したものとは認め得ないとして右条項第二号の検察官面前調書としての効力はないと排斥しおき乍ら「然し此の提出調書は司法警察員作成の調書と同様後記要件を具備している」として右条項第三号に該る証拠能力があるとして罪証に採用せられた是れ甚だ以て承服出来ない所である元来刑訴法第三二一条一項各号所定の各作成官の供述調書として証拠能力を有するためには当然其の作成官が適当なる資格権限に基づいて取調べ作成した調書なることを要するは言を俟たない同条項第三号の司法警察員作成の供述調書と雖も固より司法警察員として法令に基づく資格権限を有し其の権限内に於て作成した調書であつて始めて同号の証拠能力を有するのである本件の猪又保夫事務官作成の各供述調書は高田区検察庁の検察官事務取扱検察事務官なる資格に於て取調べ作成せられたものであるが原審判決に認める如くに該調書は立会検察官の釈明立証に依るも本件事件捜査の関係に於て有効に任命受けたものが其の権限内に於て作成したものとは認め得られない。

尚此の事は第五回公判で検察官の提出した各書面での立証に依つても同人は検事正から高田地方の選挙違反事件の応援出張を命ぜられたに過ぎず正式に高田区検察庁検察事務官に任命せられ其の検察官事務取扱を命ぜられたとは認められない又一面立会検察官の釈明に依るも本件被告人の被疑事件は新潟地方検察庁高田支部の受理事件であつて之を高田区検に移送する手続きは履践せられなかつたものであるから右検察事務官が支部事件の本件に付いて検察官事務取扱として其の権限を行使し得ないことは検察庁法第三十六条上明白なる所である何れの点からするも前記の猪又保夫の高田区検検察官事務取扱検察事務官として作成した前記の供述調書は其の資格及権限なき者の作成したもので無効無価値である之を格下げして司法警察員作成の調書と同視せんとするが如きは暴論であると思考する若しも之をしも許せず何処かの検察事務官と云う身分さえあれば何処で何人に対しても如何なる事件についても取調べ調書を作成し得て証拠能力を認められると云う途方もない結果になり刑訴法等が検察庁管轄や検察事務官の権限を定めた趣旨は殆んど没却せられるに至るであろう斯かる次第で前記各供述調書は其の作成官の資格権限なき点に於て既に前記第三号による証拠能力がない。

(ロ)又上記の供述調書に付いては其の供述者岸田収は本件公判に於て証人として出廷し一部証言を為したが自己の有罪判決を受ける虞れある事項の証言を刑訴法第一四六条に依りて拒否したものであるが此の点に関して原審は被告人以外の者が証言を拒否した場合は刑訴法第三二一条一項に所謂其の供述者が公判期日に於て供述することができないときに該るものと解するとして同条項第三号の要件を具備するものとせられたが是は明白な誤りである同条項には供述者が公判期日に於て供述することができないときの原因事由を「供述者が死亡精神若くは身体の故障所在不明又は国外に居るため供述することができないとき」と一々明細に制限列挙して居るのであつて証人が刑訴法に従つて適法に一部証言を拒否した場合を含まないことは其の文理解釈上明白である其れ許りでなく同条項は憲法第三七条二項が総ての刑事被告人に反対訊問の機会を充分に与えられなかつた証人の供述調書などを証拠とされないことを保証している人権尊重の大原則及び新刑訴法の趣旨とする公判中心の直接証拠主義に対する例外規定であつて同条の法文自体が極めて厳格制限的に規定している点からして原審の如く拡張解釈すべきものではない従て原審判決が上記供述調書に付いて其の各供述者等が公判期日に証人として出廷し刑訴法に従つて一部証言を拒否して居るに過ぎない本件場合にまで右条項の要件を具備するものと認めたのは違法である。

(ハ)又上記の各供述調書に付いて原審は「事犯の必要的相手方の供述を録取したものであるから刑訴法第三二一条一項三号に所謂その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができぬもの」と解せられたが他に犯罪事実立証の方法皆無なりや否やについて何等取調べる所なく漫然事犯の相手方の供述だからとて右要件を具備するものと解したのは右条項が前述の如く極めて厳格且つ制限的な規定なる趣旨に背反するものである。

(ニ)更に上記の猪又検察事務官作成の供述調書が証拠能力を有するためには刑訴法第三二一条一項三号但書に依つて「其の供述が特に信用すべき情況の下に為されたものであるとき」に限るのであつて即ち供述が取調に際して普通に在るべき情況に於てなされた丈では足らず特別信用すべき情況の下に為されたことの異例厳重なる条件を要するもので是れ右法条が前記(一)の(ロ)に説明した趣旨からして公判における直接供述に代えて検察事務官等作成の供述調書の代用提出は極力これを厳重且つ特殊なる場合に制限せんとする法意に基づくものである而して斯かる信用すべき特別情況の存否は該書証の提出者側に於て挙証責任あるは規定の趣旨から明かである然るにこの点に関する第六回公判に於ける証人猪又保夫(右供述書作成官)の証言記載を観るに寧ろ不相当の取調方があつたやに疑われこそすれ少くとも取調に於ける普通状態以外に特別に信用すべき情況等の存したことは毫も観取せられない然るに原審判決が右要件を具備するものとして上記供述調書の証拠能力を認めたのは違法である。

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